チャンスはピンチ。ピンチはチャンス
チャンスというものは、幾重もの試練を乗り越えてやっとのことで掴んだと思えば、そこにはまた新たな試練があるものである。
チャンスというものは、幾重もの試練を乗り越えてやっとのことで掴んだと思えば、そこにはまた新たな試練があるものである。
佳菜子は今、試合の中で相手選手を睨み付けながらヒシヒシと感じていた。佳菜子はその対戦成績を認められて、男性選手とのこのミックスファイト戦が実現する運びになっていた。
相手は佳菜子よりも十キロ以上体重差のある男性選手。対戦成績こそ、三勝四敗と大した成績を残していなかったが男性選手との力の差は歴然だとされていた。
さらに佳菜子は、数日前の練習中のスパーリング中に左足首を骨折しており全くと言って万全の状態で試合に望めていなかった。
相手のミドルキックが繰り出され、佳菜子の顔面を捉えようとする。しかし、彼女はそれを何とか腕でガードする。
普段の彼女なら自慢のフットワークで後ろへ下がり、余裕でよける攻撃だった。しかし、足を負傷し思うようにフットワークを使えない彼女は、よけ切れず棒立ちになって相手の攻撃を腕でガードする場面がこの試合目だった。
「ウッ!」
そして、ガードが上に上がったところに相手のボディブローが佳菜子のがら空きになったストマックのあたりを襲う。
今はまだ一ラウンド目の二分通過したところであるが、これで十発くらい彼女の腹部に相手のボディブローが綺麗に決まる場面が続いていた。
完全に、相手は今日彼女が足を使えないことを見切っている様子だった。
そして彼女は腹が打たれ弱いことも。
佳菜子の腹は幾度のボディ攻撃に限界に来ていた。幾度もなく蹲りそうになるのをこたえたことかわからなかった。
佳菜子の額に普通の汗と同時に脂汗が滴り落ちる。
「ウッ ウッ!!」
また同じように、顔面への攻撃と見せかけガードを上に上げさせて今度は彼女の鳩尾に拳をねじ込ませる。ここでタイミング良くラウンド終了のゴングの鐘が鳴った。
相手選手は全く攻撃を受けず余裕でリングサイドに戻る。一方、佳菜子は顔を歪ませながら何とかリングサイドにたどり着く。
「どうする。棄権するか」
椅子にすわった佳菜子に後ろからトレーナーが声を掛ける。それに彼女は頭を横に振ろろうとする。すると彼女はウウとうめき声を出したかと思うと、床に向かって咽た。
「おい、かなり腹に来ているんだろう。相手はきっと次も腹ばかり狙ってくるぞ」
彼女は咽るのを口をタオルで抑えながら、何度か頷く。
「おい、それでもやるのか」
と、そこに次のラウンド開始のゴングが鳴る。彼女はゆっくりと立ち上がり千鳥
足でリング中央へ歩いていく。足の負傷の悪化とボディブローの蓄積でかなり足に来ているのは明らかだった。
中央に相手選手と並んだと思うと同時に、相手が後ろ回し蹴りを佳菜子の腹に繰り出される。
ダメージで集中力も欠けていた彼女は開始直後の不意打ちに、腕のガードも遅れ、腹筋も入れることができず、息も吸ってしまった状態で相手の蹴りをもろに巣とマックにもらってしまう。
「ウェ」
空嘔吐した彼女の口から舌と同時に青いマウスピースが零れ落ちる。あばら骨が浮き上がる腹筋が縦に割れた美しいラインの白い腹に相手の足の指先が深々とめり込んでいた。彼女はその場に両膝をついて倒れ込んだ。
レフリーのカウントが始まる。
殴られたストマックの痙攣が止まらない。
それが息も上手くできずに苦しい。
意識も朦朧として目の前がぼやける。
全くと言って立ち上がれる状態ではなかった。
だが、その最中でも彼女は相手にどうにかして勝つ方法を考えていた。
佳菜子はかろうじて8カウントで立ち上がり、ファイティングポーズを取る。だが、腹のダメージは回復することなく、彼女の身体は明らかに腹を庇うかのように大きく猫背に曲がっていた。
そんな彼女に、構わず相手選手が彼女の腹を目掛けて拳を打って来る。無常にも、会場のボルテージは最高潮だった。佳菜子が苦痛で歪む。と、その時だった。彼女が打てるはずのない左足を上げる。そして相手の顔面に向かって回し蹴りを繰り出した。
相手は佳菜子が蹴りを繰り出してこないと蹴りは警戒していなく、その蹴りをもろに顔面に食らう。
その一撃で相手はよろける間もなく、バタンと全身体の機能が停止してしまったかのように横へと倒れる。
カウントが始まる。相手は微動だにしない。10カウントのカウントが終わり、ゴングが鳴る。それと同時に、佳菜子はその場に崩れるように倒れ込んだ。限界だった。あれで相手が倒れなかったら、足も使い物にならずにその場に倒れるだけだった。
しかし、彼女は勝った。
会場が歓声に包まれる。彼女にトレーナーたちが駆け寄る。また彼女は試練を乗り越え、チャンスをものにしたのであった。
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