いじめっこ





マユは昼休みになると毎回ユキを呼び出し、いじめていた。しかし……





「止めてよ!」


 ユキの弱々しい嘆き声が体育館倉庫に響き渡っている。その彼女をクラスメイトの女子が二人無理やり隅の壁へと引きずるように連れて行く。



「どう? 準備できた?」
 


ユキの両手を持って壁に貼り付けるように立たせた所で、倉庫のドアが開きマユが入ってくる。


「うん。OK」



 マユはゆっくりと近づいて、貼り付けにされているユキの顎にそっと手を載せる。



「今日も、じっくり遊んであげるから」



 嫌らしい声でユキを挑発するようにマユは言う。それに周りのクラスメイトもつられるように笑う。



「ねえ。ホント止めて!」
 


眉間に皺を寄せて、ユキは両手を持つクラスメイトを振り払おうとする。



「とりあえず、いつも通り黙らせるか」



 と、マユは右手を握り、その右手でマユの腹を殴りつける。



「ウッ!」
 


もやしのように色白で細いユキの腹が、マユの拳で深々と凹まされる。



「もう一発!」



「ウッ!」
 


ユキの呻き声がさっきよりも大きくなる。ユキの身体が九の字に折り曲がる。



「ちゃんと立てよ!」
 


ユキの右手を持っていたクラスメイトが、そんなユキに怒鳴りつけ腕を引っ張り上げて無理やり立たせる。



「よし。静かになったね」
 


息が荒くなり、苦痛で歪ませるユキの顔をマユは満足げに見つめる。



「さあ、今日もストレスを解消させてよね」
 


マユは右、左と交互にユキの腹目掛けてパンチを繰り出していく。



「サンドバック♪ サンドバック♪」
 


彼女は腹を殴りながら、鼻唄まで歌いだす。いつもの光景だった。



「ああ。ちょっと休憩」



 五分くらい殴り続けただろうか。マユは殴るのを止めて、その場で上がった息を整える。



「ゴホ。ゴホ」
 


一方、殴られたユキはむせ返りながら、足に力が入らず周りのクラスメイトが支えていないと立っていられないほどであった。





「いいよ。離して上げて」
 


マユがそう言うと、周りのクラスメイトが掴んでいたユキの手を離した。ユキは腹を両手で抑えて床に四つんばいになった。



「今日も吐かないの? わざとこの昼休みに殴ってあげているのに、あんたいつも吐くのを我慢しているよね。マユ。そろそろ吐くところ見たいなぁ」
 


床に咽こんでいるユキにマユは、そう投げかける。



「おい、聞いているのかよ!」
 


反応のないユキにマユは声を低くして脅す。するとマユは顔をサッと上げて下からマユを睨みつける。



「な、何だよ。その目は」
 


マユはいつも大人しくてやられるだけのユキが、このような攻撃的で挑発的な目をしたのを始めて見た。そしてそれにたじろいだ。




「ふ、ふざけるな!」
 



ユキはそう叫んだかと思うと、勢いよく立ち上がり、次の瞬間にはマユの腹を殴りつけていた。



「ウウ!!」
 


的確に鳩尾を貫いたユキのパンチが、マユの腹に突き刺さる。




マユはその場に蹲る。呼吸ができない。胃袋が変形したような激痛。その不意打ちのパンチにマユはさっき食べた弁当の中身を床に吐き散らした。




涙目になり、吐き気が襲い、意識が朦朧とし、立つことすら間々ならないマユに、仲間のクラスメイトが怒鳴りあう声だけが聴こえる。



情けなかった。まさか、いじめている自分がいじめられている人間に殴られて無様な醜態を晒すとは思いもしなかった。




そんな、悔しさに滲ませながらまだマユは立ち上がることすらできずにいた。