見えない恐怖




妖怪退治のリカはバッコという強力な極悪妖怪と死闘を繰り広げていたが……





「クソ。何も見えない」
 

リカは焦っていた。悪党妖怪の中でも俗悪非道で妖力が極めて高い妖怪、バッコを死闘の末瀕死の状態までに弱らせ、都内のある倉庫までバッコを追い詰めさせたまでは良かったが、追い詰められたバッコが「霧が隠れ」という技を使い、視界を



霧のような白いモノで見えなくさせていた。



「ククク。何も見えないだろう」
 


何処からともなくバッコの声が聴こえる。



「何処だ。こんな卑怯な技を使って」
 



リカはそう見えないバッコに罵声を浴びせながらも内心は、この状況に危機感を募らせていた。このような相手の姿はおろか自分の姿さえも見えない状況で、攻撃はおろか防御も全くできる状況ではない。
 



彼女は普通の人間よりも妖力が強いということで、その妖力を生かし攻撃術と防御術で人々を脅かそうとする妖怪から人間を影ながら守る、妖怪退治の仕事に就いていた。



しかし、相手が見えないこの状況ではその妖力が上手く使えず、弱っているとは言え強力な妖力のバッコの攻撃を一般的な生身の女性の肉体で受けなければならず、一撃受けただけでもそのダメージは計り知れなかった。




「さっきはよくもコテンパンにやってくれたな」



 と、当たりに肉が叩かれる音が連続して聴こえる。



「ウッ!」


リカは鳩尾と胃袋の当たりに激痛を覚えその辺りを両手で押さえかがみ込む。



「俺にはお前の姿が丸見えなんだよ。そして殴り放題」
 


自分の姿が相手には見える。リカは咽こみながら、これは本当にマズイと最悪な状況に苦笑いするしかなかった。




「おら。いつまで身体を丸めているんだよ」



「ああ」
 



髪の毛を捕まれ、上へ引っ張られる感覚に襲われる。




「ほら、もう一発」




「ウッ!」
 



また胃袋の辺りに激痛が走る。内臓が水の入った袋を潰すような今までに聴いた
ことのないような奇怪な音が聴こえる。
 



リカはその場に両手で腹を抑えながら倒れこむ。床がコンクリートなのか、冷たい地面の感触が肌に感じる。




「また腕で腹を……面倒クセぇ」
 



バッコは押さえ込んでいるリカの両腕を持ち、それを湾曲に折り曲げる。そして木の棒が割れるような乾いた音が辺りに響き渡る




「わー!!」
 



リカの叫び声が聴こえる。リカは腕を折られた激痛を通り越して、意識が朦朧とし始める。



「これで心起きなく、腹を殴れる。いや。蹴ってもいいか」
 


リカは腹に先が固いモノが勢いよく突き刺ささり、それが内臓を腹の奥の方まで押しやる。




「ウッ! オエエエ」



 咽喉の奥から熱くて酸っぱくて苦い液体が込み上げて、それを口から吐き出す。しかし、それを何かを確かめることはできない。




「へへへ。この醜態。さっきまでの威勢はどこに行ったのかな!」
 



またリカの腹に先の固いモノが勢いよく突き刺さる。




「オウ」
 



口の隅に吐き出した液体が滴り落ちている感触が伝わる。口の中に酸っぱくて苦い液体と共に、数時間前、夕食で食べていたクリームシチューの味が広がっていた。
 



お母さんの作ったクリームシチュー。夕食の途中でバッコの目撃情報が通達されて駆けつけたから、半分くらいしか食べられていなかった。




ああ、このまま死ぬのかな。




こんな露出度が高い変な服のまま。お母さんのシチューもう一口食べておけば良かった。
 




朦朧とする意識の中、リカはそんな他愛もないことを考え目に涙を溜めた。




彼女は背が高く大人っぽい容姿であったが、まだこの時高校三年生だった。この春から大学にも進学することが決まっていた。





それから数分バッコの陰湿な攻撃を受け、リカはその攻撃に耐えられず意識を失い、そのままバッコの餌になっていった。