選択


俺が深夜二時に友人の智也から電話で急に「来てくれ」とイラだったようなドスの利いた声で言われたので、何事かと思い指定されたホテルの一室に向かった。
ドアをノックをすると、やはり怪訝そうな顔の智也が顔を出す。まあ、入ってくれと吐き捨てるように言った彼の後に続いて部屋に入る。
「アイ……」
そこには、部屋の真ん中に幅広く置かれたダブルベッドに蹲るアイの姿があった。





俺が深夜二時に友人の智也から電話で急に「来てくれ」とイラだったようなドスの利いた声で言われたので、何事かと思い指定されたホテルの一室に向かった。




ドアをノックをすると、やはり怪訝そうな顔の智也が顔を出す。まあ、入ってくれと吐き捨てるように言った彼の後に続いて部屋に入る。




「アイ……」




そこには、部屋の真ん中に幅広く置かれたダブルベッドに蹲るアイの姿があった。その彼女の両手は背中の後ろで紐のようなモノで縛られていた。



彼女は息が荒く、顔は苦しげな表情を見せ額には脂汗を滲ませていた。




「こいつ、俺を騙そうとしたんだ」
 



あっけに取られている俺を他所に、智也がポケットから財布を取り出す。




「俺がシャワーを浴びている隙に、財布だけ奪って逃げようとしたんだ」



「待てよ。どういうことだ?」
 



俺が訊くと、彼は鈍いなあと舌打ちをして




「俺はいつもの飲み屋で飲んでいると、あの女にあったわけ。で、意気投合してラブホに言ったわけ。そしたら……」
 




と、土足のまま智也はベッドに上がったと思うと、ベッドに蹲るアイの腹部らへんを思い切り蹴飛ばす。




「うあ……」
 



鈍くて乾いたような、それで妙に響く音が辺りに散らばる。




「おいおい。何を……」
 



俺が止めようとすると、俺の方を殺気立った目で智也が睨みつけて言葉を発なくなせた。




「俺は生まれて初めてだよ。こんな屈辱は。ぜってーこの女ゆるさねえぞ!」
 




もう一発。いや、連続して智也はアイの腹部を蹴り飛ばす。蹴られる音とともにアイの呻き声がそれに混じる。



「おい、ちょっと……」
 



止めようがなかった。智也が怒り出したら手がつけられない。前にも、彼と一緒に歩いていて絡んできた高校生を殴る蹴るの暴行で半殺しにして巡回中の警察官に補導されたことがあった。




だからこそ、今日もあの電話で深夜にも関わらず飛んできた。いつか彼が裁判沙汰の事件を起こさないか犯罪を犯さないか心配だからだ。



いつもの彼は、友達思いで悪いやつではないからこそ、そうあってほしくない一身なのである。
 



そして駆けつけてこの状況。だが対処べきか何も考えられないでいた。



「オエ……」
 




呆然と立ち尽くす中、連続して蹴られた後アイは口から何か液体のようなものを吐き出し、それがベッドの毛布に彼女の顔と同じくらいの大きさにある円形状のシミを作った。



「おい。お前、こいつを立たせろ」



「え……」
 



ベッドを降りるなり、智也は顎で指示する。




「いや、その……」





「おい、友達がこんな目に遭っているんだぞ。それを見ているだけでお前は満足か?」
 




俺は無言で俯く。暴力的ではない俺は、人が一方的にしかも女性が暴行を受けているのに、止めに入るのはおろか、暴力に手を貸す行為など許せるはずはなかった。




さらに、俺はその暴行を受け、今、ベッドの上で自分の嘔吐物に顔を埋めてむせ返っている女と顔見知りだった。




「おい、聞いているのかよ!」




「あ、うん」
 



しかし、怒りに我を忘れている智也を止めるのは俺一人では不可能だった。俺は渋々ベッドに上がりアイに近づくと、嘔吐物のツンと酸っぱい匂いが漂ってきて俺は吐きそうになる。





ここで何故か水玉模様のスカートが目に留まる。その上にピンクのブラスがはだけて色白な大福餅のような柔らかそうな丸い腹が見え、それが小刻みに動くのが見える。そういえば、俺と初めて会った時も彼女は同じスカートを履いていたと思い出す。
 




俺も彼女と出会ったのは智也と同じく一人で居酒屋で飲んでいて、そこに彼女がひょっこり顔を出して積極的に話しかけてきてそれから仲良くなった。



何回か二人で食事もした。自分なりに彼女とはいい感じだと思い近いうちに告白して付き合いたいなどという妄想も頭の中で膨らませていた。




「で、どうするんだ?」
 




アイの脇に両手を滑らせ無理やり彼女を立たせる。身長も低く痩せ型の彼女だったが、力の入っていない人間はかなり重量がある。




「よし」
 



智也はまた土足でベッドの上に登ってくる。そして立っているアイの腹に今度は思い切りパンチを食らわす。




「ウッ!」
 


パンチの振動が後ろの俺にまで伝わり、それが内臓まで響く。




「ウッ!」
 



連続して智也のパンチがアイの腹を襲う。大福餅のような腹は、殴られる度に大きくバウンドしていた。



このパンチを果たして何発耐えられるのか。もしかしたらこのまま殴られ続けて死んでしまうのはないか。だが、俺には何もできない。





しかし、今考えてみるとアイと一緒に行った食事代も全部俺の奢りだったし、彼女の話で100万くらい貸して欲しいなどいう話をチラリと言っていたような気もする。




そうすれば、俺も智也と同じか。となれば、こんな女どうでもいい。




「ウッ!」
 



いや、それでもいくらなんでもやりすぎだ。それに、智也には詐欺であっても俺には詐欺ではなく本当の愛だったかもしれない。




「ウッ! 助けて……」
 



彼女の囁くような弱々しい声が俺の耳に入ってくる。おい。ウソだろう。早く助けないとでもどうやって助ければ。




「おい。もう止めようぜ」
 



と、俺が声を掛けると奇跡的に殴っていた智也の手が止まる。彼は息を切らしながら




「そうだな。もう殴るのは止めよう」
 


そう言って、智也は奥の洗面所へ歩いて行った。
 


俺は一つ息を吐く。




「おい、大丈夫か?」
 




後ろから声を掛けてみるが、アイは苦しげに目を瞑ったまま反応示さなかった。でもこれで終わる。とりあえず、アイが死なないでよかった。
 




すると、浴室から智也が戻ってくる。その手には金属の棒のようなモノが握られていた。




「え? マジかよ」





「手は疲れたからな。今度はこれで腹を……」
 


その時、アイは殺されるんだなとそして俺はその共犯になるんだなと絶望感が襲ってきた。